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映画化決定!朝井リョウの「正欲」で、価値観を大きく揺さぶられた3つの要素

「たとえば、街を歩くとします。するといろんな情報が視界に飛び込んできます。」から始まる物語。

「正しい欲」とは何なのか?

考えさせられる事が数多くあり、私自身の価値観を大きく揺さぶられました。

3つのポイントにあわせて、朝井さんのつづる言葉たちをピックアップしました。

1.人々が使う「多様性」とは何なのか

多様性という言葉はおめでたい

多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています。

自分と違う存在を認めよう。他人と違う存在を認めよう。他人と違う自分でも胸を張ろう。自分らしさに対して堂々としていよう。生まれ持ったものでジャッジされるなんておかしい。

清々しいほどのおめでたさでキラキラしている言葉です。これらは結局、マイノリティの中のマジョリティにしか当てはまらい言葉であり、話者が想像しうる”自分と違う”にしか向けられていない言葉です。

想像を絶するほど理解しがたい、直視できないほど嫌悪感を抱き距離を置きたいと感じているものには、しっかり蓋をする。そんな人がよく使う言葉たちです。

「正欲」p6

多様性とは美しい言葉ではない

多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目を瞑りたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ。

「正欲」p188

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」

(中略)

「多様性って言いながら一つの方向に俺らを導こうとするなよ。自分は偏った考え方の人とは違っていろんな立場の人をバランスよく理解しています見たいな顔をしてるけど、お前はあくまで”いろいろ理解しています”に偏ったたった一人の人間なんだよ。目に見えるごみ捨ててくまで綺麗な花飾ってわーい時代のアップデートだって喜んでいる極端な一人なんだよ」

「正欲」p337

2.多数派の人間、異物のような人間

世界全体が設定している大きなゴール

世の中に溢れている情報はほぼすべて、小さな河川が合流を繰り返しながら大きな海をなすように、この世界全体がいつの間にか設定している大きなゴールへと収斂されていることに。

その”大きなゴール”というものを端的に表現すると、「明日死なないこと」です。

「正欲」p4

多数派でいてほしいと思う親の気持ち

検察官である父親・啓喜が不登校になった息子を見ていて、率直に感じていた気持ちも意外とよく理解できます。

啓喜は様々な犯罪加害者を見てきた経験から、社会のルートから一度外れた人間の転落の速さを知っており、もどかしい気持ちを抱いていた。

「正欲」p21

社会的なつながりとは、つまり抑止力であると。法律で定められた一線を越えてしまいそうになる人間を、何らかの形でその線内に留めてくれる力になり得ると。

だけどその繋がりは、学校や会社などの通常のルートから外れた途端、自然と遠ざかってします。その中にいれば、まるで夕立に降られるように自然と浴びられる繋がりを、自ら両手を伸ばしてつかみ取りに行かなくてははらなくなる。

「正欲」p125

夏月が普段から話している隣のお店の店員に、休憩中に言いがかりをつけられた時に感じた心境。

夏月は思う。既に言葉にされている、誰かに名付けてれている苦しみがこの世界の全てだと思っているそのおめでたい考え方が羨ましいと。あなたが考えている苦しみが、他人に明かして共有して同情してもらえるようなもので心底羨ましいと。

「正欲」p183

異物と認識することが多数派である

誰が命令しなくとも、まともな側の岸にいる人は、その岸の治安を守ろうとする。まともである、すなわち多数派であるということに執着する者は、異物を見つ出し排除する活動に、誰から頼まれなくても勝手に勤しむ。

「正欲」p318

みんな、不安だったのだ。
(中略)

不安だから、周囲の社員を巻き込んでまで噂を流すのだ。あいつを異物だと思っているのは自分だけじゃないと確かめたかったから。異物だと感じるものが周囲に一致するという事実をもって、自分が多数派、すなわちまとも側の人間だということを確認したかったから。

「正欲」p325

自分が不幸だと思っていることが楽

「楽なんだよね」

包丁で魚の腹を裂くような声がした。

「そうやって不幸でいるほうが、楽なんだよ」

八重子が近づいてきたわけではない。だけど大也は、目の前に八重子が立っているように感じた。

「選択肢がなければ悩まなくていい。努力だってしなくていいし、ずっとそうやって自分が一番かわいそうなんだって嘆くだけでいい。そうしているほうが実は、何も考えないでいられる。向かうべきものに向き合わないでいられる。」

「正欲」p341

「あってはならない感情なんて、この世にないんだから」

それはつまり、いてはいけない人なんて、この世にいないということだ。

不思議と、大也は話しながらそう思った。

これまで自分を間違った生き物だと思い続けてきた大也になって、そんなおめでたい気持ちが舞い降りることは、全くもって初めての経験だった。

「正欲」p347

3.たった一人理解してくれる人がいるだけで、生きる理由になる

自分だけじゃない

自分だけかもしれない、が、繋がる。

「正欲」p159

本当の気持ち

自分は、生きていたかったし、もっと生きてみたかった。

誰にも怪しまれず矛盾なく死ぬためだけに生きることに、本当はずっと前から耐えられない思いだった。友達が欲しかった。さみしいと言える人が欲しかった。人生に季節が欲しかった。

「正欲」p313

ひとりで生きていた時間に戻れない

「その分、重石か何かで、自分をこの世界に留めてもらっているみたい」

呼吸をするたび、冷たかったシーツが温かくなっていく。

「ここにいていいって、言ってもらえているみたい」

シーツの冷たさが、顔の温度と混ざっていく。

「どうしよう」

重なり合った二つの身体の境目が、どんどんなくなっていく。

「私もう、ひとりで生きていた時間に戻れないかも」

これまで過ごしてきた時間も、飼いならすしかなかった寂しさも、恨みも僻みも何もかもが、一瞬、ひとつに混ざりあったような気がした。

「正欲」p330

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ニュースを見る目が変わってしまう問題作

「作品の評価は人によって分かれると思います。しかし、読む前と読んだ後ではニュースで報道される事件を見る目が変わってしまう問題作だと思います。報道される容疑者の供述に「そんな事ある訳ないだろ。口実だろ」と思った事は何度もある。でもそれが真実だとしたら?世の中には多様な価値観があり、自分には理解できない趣味趣向の人間はいるさまざまな価値観を認めるという事の持つ矛盾点を読み応えのある作品に仕上げた作者の力量に感服した。」

https://honto.jp/netstore/pd-review_0630847958_191.html

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