知り合いの人がSNSで、「『プロ倫』なんて読んだふりしていたけど、本当は読んでないんですよ。日経BPの新訳でやっと読めました。」と投稿しているのを見る。
私は思わず社会人になりたての頃に読んだ本を思い出し、「僕も昔読みましたよ、『プロ論2』の方だけど。リリーフランキーのインタビューとか特によかった。職業人としてどう生きるか考えさせられる。」とコメントをしようとしてハッとなった。
なぜなら、知人のSNSに載っていた写真には、小難しい本しか並んでないのだ。私はもう少しで全然違う本、「プロ論」の感想を言って、めちゃめちゃ笑い者にされるところだった。
そして、今まで知らなかった「プロ倫」とは一体何か気になり始めた。
目次
「プロ倫」とは
「プロ倫」を手にするも挫折
Wikipediaで確認したら「ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーによって1904年~1905年に著された論文。大学教育現場などでは『プロ倫』と略する。」とある。
しかも、20世紀を代表する名著らしい。そんなことも知らない自分に唖然としたのだった。
正式には「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という小難しい名前がついている。
そんな有名な本ならきっと面白いはずだだからと、その時一度図書館で手にしたが、文庫本に小さい字でびっしり書かれた本に全く興味が持てずにすぐに挫折。
あれから数か月、たまたま最近読んだ本の中で紹介されていたので、今度こそと重い腰を上げて読んでみることに。
ただ、自分一人では読み通せなそうなので、先に全体像を把握するという自転車の「補助輪」のようなものを付けて読んでみました。
「プロ倫」を補助輪つけて読んでみる(要約の活用)
再び、Wikipediaによると「プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていたという、逆説的な論理を提出し、近代資本主義の成立を論じた。」ということらしい。
正直、全くよくわからない。
別サイトの要約を見てみよう。
近代において資本主義が発展したのはオランダ、イギリス、アメリカなどのプロテスタント諸国、なかでもカルヴァン派の影響の強い国でした。そのため資本主義の発展はカルヴァン派の教説が原因だと、ウェーバーは主張します。
社会学者マックス・ウェーバーの思想を、5分でわかりやすく解説!
先ほどよりは、少しだけ内容がくだけているので言葉として理解できる気がする。
でも、話の流れとして、「資本主義と宗教がつながっている」ってどういうことなんでしょうか?
「プロ倫」の話のつながり
いくつかのサイトを見ながら、全体像のつながりをようやく理解できました。
<全体の流れ>
①カルヴァンは、魂が救われるかどうかは神によってあらかじめ決まっている「予定説」を主張した。
↓ ↓ ↓
②人々は自分が救われているかわからない不安から、純粋な信仰ではなく、天職(職業労働)を通じて救いの確信を得ようとした。
↓ ↓ ↓
③プロテスタントにとって禁欲的な生活とは、仕事に励む、蓄財する、そして隣人愛をしめすこと。
↓ ↓ ↓
④産業社会の中で実践すると、結果としてお金儲けになった。
↓ ↓ ↓
⑤金儲けは禁欲的な生活態度の成果とみなされるようになる。
↓ ↓ ↓
⑥その倫理観が、資本主義の求める精神(=成長を内面から推し進めた精神)と一致したために、プロテスタント諸国が発展した。
↓ ↓ ↓
⑦更に今では、営利的活動は倫理的な意味が取り去られて、純粋な競争に結びつく傾向にある。
「プロ倫」を読んだ人の感想
・現代の価値観が普遍的でない
~ ヴェーバーの話を聞いていると、現代社会の価値観が決して普遍妥当性を持つものではないというふうにも感じられます。
・現在の資本主義は神がいなくなっている
~現在、迷走する資本主義はきっと神がいなくなってしまったことによって目的を失っているのだろう。
ヴェーバーの信仰心の薄い時代への痛烈な批判とも受け取れる。
参考になったサイト
〇 カトリックとプロテスタントの立場
https://vicryptopix.com/protestantism/
~ カトリックとプロテスタントとの立場の違いも含め、端的にまとまってます。
そもそも、プロテスタントの考え方の基礎を築いたマルティンルターとカルヴァンは、どれだけ寄進したかによって、天国に行けるかどうかが決まるカトリックの考え方を、教会の腐食だと批判し、「予定説」を主張したんですね。
〇 プロ倫のコンパクト版と精読版
↓ ↓
同じ方が詳細に書いてあります。概要を掴んだ後ならこれがわかりやすいです。要約も秀逸。
ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を解読する
近代資本主義が成立するには、プロテスタンティズム、正確に言うとカルヴィニズムのエートス(心的態度)が大きな役割を果たした。その際に重要な意味をもっていたのが、カルヴィニズムの「予定説」、つまり自分が救われるかどうかは生まれる前にすでに神によって決められてしまっているという教説だ。カルヴァン派の教徒は、救いの確証を得るために、みずからの生活を徹底的に組織化し、禁欲的なものとした。この合理的禁欲による節約が、財を投下資本として使用するよう促し、資本形成をもたらした。
出典 ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を解読する
今日のまとめ
今回、なんとか補助輪をつけて「プロ倫」を読み切りましたが、自分が全く知らない分野を読み進めるのは興味深かった。
西洋文化を知る上では、宗教の思想がどう社会や経済に影響を与えたかを抑えるのは非常に大切です。
また、読書の観点で言えば、自分がこれまで全く興味がない分野でも読むことで、一つの杭のようになるのではないかと思う。
自分の知らないことを知ることが、読書の一つの楽しみであるので、それを十分享受できた。
おまけ ↓