ベストセラーになった「嫌われる勇気」の続編「幸せになる勇気」があります。
「幸せになる勇気」は、愛について述べられていますが、やや抽象的な内容になっていると言われています。
今後「人生とは何か」を考える出発点とするため、3つのポイントについてまとめました。
目次
1.叱ってはいけない、ほめてもいけない
人にほめられることの弊害を端的に表すと、次のようなことが言えます。
彼らは、「ほめてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」のだし、「罰を与える人がいなければ、不適切な行動もとる」というライフスタイル(世界観)を身につけていくのです。
出典:幸せになる勇気 P.92
ほめることは、”能力のある人が、能力のない人に下す評価”である、その目的は”操作”である。
出典:幸せになる勇気 P.131
問題行動の5つの段階
- 称賛の要求
- 注目の喚起
- 権力争い
- 復讐
- 無能の証明
暴力とは安直なコミュニケーション
暴力とは、どこまでもコストの低い、安直なコミュニケーション手段なのです。これは道徳的に許されないという以前に、人間としてあまりに未熟な行為だと言わざるをえません。
出典:幸せになる勇気 P.112
「安直なコミュニケーション」「未熟な行為」。
暴力をこんなにも的確に表した言葉はないかもしれません。
暴力までいななくても、声を荒げたり、机をたたいたり、また涙をながすなどして相手を威圧することも、同様のコストの低い「暴力的コミニュケーション」だとしています。
そして、人間としての未熟さを露呈するコミニュケーションとしています。
そもそも、考えるべきことは「これからどうするか」だということを常に忘れずにいたいですね。
二ーバーの祈り
「変えられないもの」に執着するのではなく、眼前の「変えられるもの」を直視するのです。
出典:幸せになる勇気 P.117
この「二ーバーの祈り」は宇多田ヒカルの歌「- Wait & See ~リスク~」でも出てきます。
2.他者からの承認を求めず、自立する
われわれは「他者の指示」を仰いで生きていたほうが、楽なのです。
出典:幸せになる勇気 P.119
他者からの承認を求めるのではく、自らの意思で、自らを承認するしかないでしょう。
(中略)
「わたし」の価値を、他者に決めてもらうこと。それは依存です。一方、「わたし」の価値を、自らが決定すること。これを「自立」と呼びます。
出典:幸せになる勇気 P.152
「課題の分離」ができていないと、承認欲求に支配された人生になってしまいます。
自分で自分の価値を認める。それが大事です。
「普通であること」を受け入れる
なぜ、他人からの承認を求めてしますのかというと、”「普通であることの勇気」が足りていない”からと言います。
自分が「特別なわたし」であることを求めず、「普通であること」を受け入れることです。
「人と違うこと」に価値を置くのではなく、「わたしであること」に価値を置くのです。それがほんとうの個性というものです。「わたしであること」を認めず、他者と自分を引き比べ、その「違い」ばかり際立たせようとするのは、他者を欺き、自分に嘘をつく生き方に他なりません。
出典:幸せになる勇気 P.152
3.「他者貢献」に徹する
すべての喜びもまた、対人関係の喜びである
アドラーが語る「すべての悩みは、対人関係の悩みである」という言葉のは池に荷は、「すべての喜びもまた、対人関係の喜びである」という幸福の定義が隠されているのです。
出典:幸せになる勇気 P.170
愛とは「決断」である
あらかじめ定められた運命だったのではなく、「運命だと信じること」を決意しただけなのです。
フロムはこんな言葉を残しています。「誰かを愛するということはたんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である」と。
出典:幸せになる勇気 P.266
またこんな言葉もありました。
”運命とは、自らの手でつくり上げるものでなのです。”
われわれは他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。他者を愛することによってのみ、自立を成しえます。そして他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどりつくのです。
出典:幸せになる勇気 P.272
今日のまとめ
「嫌われる勇気」の続編である、「幸せになる勇気」について考えるところを書きました。
哲学とは学問というより、生きる「態度」なのです。
出典:幸せになる勇気 P.10
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